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アジア通信
第2号 2009年3月号
目次
1
ANMC21研修事業の紹介
東京及びバンコクで行った「消防救助技術」研修を紹介します。タイ防災局から参加したユタナさんをレポートしました。
2
FROM東京 〜東京から世界に羽ばたくアジアの新人デザイナー〜
ソウルのデザイナー明さんへのインタビューを通して、東京都の若手ファッションデザイナー発掘の取組を紹介します。
3
FROMバンコク 〜バンコク都の廃棄物対策とジャンクショップの取組〜
住民を巻き込んだ形でのリサイクルを目指すバンコクの試みと、タイのジャンクショップのフランチャンズチェーンを紹介します。
4
東京で学ぶ留学生
首都大学東京でシステムデザインを学び、4月には日本の大手企業に就職する、中国からの留学生呉さんにお話を伺いました。
5
世界に拡がる「ものづくり」のDNA
性別、年齢、国籍関係なし!世界に進出する東京の中小企業を紹介します。
研修事業の紹介
タイ王国内務省防災局フォスリ・ユタナ氏 ANMC21参加都市で構成する危機管理ネットワークでは、救助技術研修を実施しています。今回スポットを当てたユタナさんは、タイ防災局の訓練担当者です。昨年11月に東京を訪れて救助技術研修を受講し、この2月にはタイで教官として消防団の指導に当たりました。
タイ王国内務省防災局フォスリ・ユタナ氏(33)

〜消防技術研修(実施レポート)〜
■指導者研修 In Tokyo
はしごを使い熱心に指導
はしごを使い熱心に指導
 2004年のスマトラ沖地震によって発生した大津波は、死者・行方不明者約23万人(内タイでは8,500人)の大被害をもたらしました。ユタナさんの働く防災局は、このような大規模災害が発生している現状から、2002年に設立された新しい組織です。ユタナさん自身も12年間勤めた海軍から転職し、2年前から防災局で働いています。

 ユタナさんの現在の仕事は、各地域の市民に対し防災対策や救助技術を教えることです。大規模災害が多くなった昨今では、救助技術にウェイトがおかれるようになっています。昨年11月に東京で実施した指導者研修では、バンコクから6名の消防員が参加しました。研修を終えたユタナさんからは、「タイに戻ってから今回の研修で学んだ日本式の救助の手法を各地域に普及していきたい」との力強い意気込みを聞くことができました。

■救助技術研修 In Bangkok
 また、1月29日から16日間にわたりタイ防災安全局アカデミーで開催された救助技術研修では、ユタナさんは教官として指導にあたりました。今回は、東京消防庁から5名と東京で学んだタイの防災安全局アカデミー4名、バンコク消防局の消防士1名、計5名が教官となり、60名の研修生に救助技術を伝授しました。

 訓練計画は、タイの教官と東京の教官の間で事前に綿密な打合せの上に作成しました。また、訓練が終わるとミーティングを行い、翌日の訓練内容について研修生の習熟度などを考慮し調整しました。ユタナ氏は、訓練計画の策定から実地における指導まで行いました。

 タイでは、1つの村に1つのレスキュー隊を目標に訓練を行っており、今回の研修の成果は、タイ全土の村7,255箇所に伝承されます。東京で学んだ教官は、いずれも指導者としての高いレベルに達しており、東京消防庁からの教官も一連の研修の成果に手ごたえを感じ帰国しました。今後は、タイの教官が中心となり、消防技術の向上に着実に取り組んで行くことが期待されます。 高所からの救出訓練
高所からの救出訓練
From 東京 〜東京から世界に羽ばたくアジアの新人デザイナー
 アジア30億人のファッション市場は、今後拡大が見込まれる魅力的な市場です。世界に通用する若手ファッションデザイナーの発掘は、東京の存在感を一層高め、ビジネスチャンスを拡大するため、東京都の産業振興策の重要なテーマの一つになっています。

 「新人デザイナーファッション大賞」は、アジア出身の未だブランドを立ち上げていない若手デザイナーを対象にした、世界最大級のコンテストです。今回は世界中から1万3千点もの応募がありました。

 一次審査に残った30名のデザイナーは、3年間育成対象者として登録され、東京都が開催する育成セミナーへの参加、企業とのコラボレーション、展示会出展支援など様々なビジネス支援を受けることができます。

 編集部では、受賞者による初の展示会を訪問し、本年、秀作賞を受賞した明ナミさんにインタビューを行いました。
Interview ソウルのデザイナー明さん
受賞作品を前に笑顔の明さん
受賞作品を前に
笑顔の明さん
—これまでの経歴を教えてください
 ソウルで貿易経済関係の大学3年のとき、日本語を学ぶため横浜に来日しました。その後韓国でメンズ服を製作していましたが、ファッションへの思いが止みがたく、2006年4月に再び来日し、東京にある文化服装学院に入学しました。現在、ファッション大学院大学の学生として多忙な毎日を送っています。

—応募のきっかけは何ですか
 毎年、大学にファッション大賞の事務局の方が説明にきていました。「クオリティの高いコンテストだな」と思いこれまでも応募していましたが、今年、初めて受賞できました。

—ご自身のブランド・デザインのPRをお願いします
 女性の体形を意識し、立ったり座ったりした時、美しく見える服作りを心がけ、常に新しいフォルムを探求しています。ベルギーの画家ルネ・マグリットに憧れ、受賞作品の着想も、彼の作品「モンマルトルの壁抜け男」から得たものです。

—この展示会に出展した手ごたえは?
 普段会うことのない、バイヤーやセレクト・ショップの方に作品を見ていただきました。予想以上にニットの作品を気に入ってもらえました。「もっと作品を見せてください」とか「もっとたくさん作品を作ってください」などと言われ、手ごたえを感じました。

—東京都が実施するセミナーやビジネス支援を利用しましたか
 参加可能なセミナーには、全部参加させてもらいました。また、何よりも、このような展示会に出展する機会をもらえたことがよかったです。学生デザイナーとしては、コンテストに応募するにも、原材料費がかなりの負担になりました。ファッション先進地域ヨーロッパのように、資金面で厳しいデザイナーに対して、生地など素材の全面的な提供がある制度をぜひ立ち上げてほしいと思います。

—将来の夢を教えてください
 最終目標は、パリコレに出ることです。
明さんの秀作賞受賞作品
明さんの秀作賞受賞作品

 取材後、このコンテストから世界へ羽ばたき活躍するアジアのファッションデザイナーが輩出する日も近いと感じました。明さんの受賞作品はこちらからご覧になれます。
http://www.fashion-gp.com/uk/2008/final-selection/index.html

同時に開催された「アジア9都市のファッションショー」の模様
参加都市: ソウル、台北、マニラ、ホーチミン、バンコク、クアラルンプール、
シンガポール、ジャカルタ、デリー(以上、9都市)
ジャカルタ(「美しい人形」がテーマ)
ジャカルタ(「美しい人形」がテーマ)
マニラ(パイナップルとバナナを混合した繊維で作成)
マニラ(パイナップルとバナナを混合した繊維で作成)
From バンコク 〜バンコク都の廃棄物対策とジャンクショップの取組〜
ジャンクショップ「ウォンパニ」
ジャンクショップ「ウォンパニ」

 バンコクでは、タイ全体の人口の約10%の人々が生活する一方、廃棄物はタイ全体の24%を占めています。この1月に新知事に就任したスクムパン知事のもと、バンコク都は「廃棄物収集の効率化と廃棄物の最小化」を目標に、廃棄物の減量に取り組んでいます。

 バンコクの廃棄物の特徴は、その約50%が食品廃棄物を中心とした有機廃棄物であるということです。有機廃棄物は分別が難しく、またリサイクルが困難であるという特徴があります。

 これら有機廃棄物のほとんどは埋め立てられていますが、埋立地にも限界があり、現在コンポスト化(ごみを急速堆肥(たいひ)化装置などで肥料化すること)の推進が進められています。各家庭でのコンポストが広がりつつありますが、住民の廃棄物の適正処理への関心が高いとは言いがたく、地域コミュニティの中で、どのようにリサイクル意識を高めていくかが大きな課題となっています。

 そういった中、バンコクの12のコミュニティで、コンポスト化を推進するためのパイロットプロジェクトが実施されています。これは、ひとつの村の中で、家庭から集めた有機廃棄物を分別し、堆肥化した上で、農業に利用するなどコミュニティの中で還元させるものです。つまり、一つのコミュニティの中で循環型の仕組みを完結させようという取組です。

 また、有機廃棄物をコンポスト化する際に発生するメタンを、電気・熱エネルギーとして学校の調理に再利用し、学校教育の一環として取り入れている例もあります。

 これらは住民を巻き込んだ形でのリサイクルを目指すバンコク都らしい試みといえます。

 また民間の取組ではありますが、タイの最大手のリサイクル会社「ウォンパニ」の革新的な手法をご紹介します。この会社は、1974年に資源ごみを個人的に回収することからスタートしました。今では、タイ全土で300を超えるジャンクショップをフランチャイズ化し、リサイクル可能な廃棄物を市民から回収し、種類ごとに分別しています。リサイクル可能品目を明らかにし、変動する資源ごみの購入価格を店頭やインターネットで公開しています。

 また、ゴミバンクプログラムといって、小学校で子供たちが各家庭から持参したリサイクル資源を文房具等と交換したり、住民から寺院へリサイクル資源を寄進してもらい、それを買い取るといった活動を行っています。こういった取組は、リサイクルという概念が薄い田舎地域の市民への意識啓発の役割も果たしています。 ゴミバンクプログラムの様子
ゴミバンクプログラムの様子

 現在ウォンパニは、モデル事業者として、東南アジアの他の国々からも注目されています。バンコク都もこの活動に大いに注目しており、都職員をウォンパニに派遣し研修を受講させるほか、ウォンパニのようなジャンクショップをもっと増やし、地域の中でリサイクルができる仕組みを検討しています。
東京で学ぶ留学生
 首都大学東京では、アジア地域を中心に、現在約200名の留学生を受入れ、アジア人材の育成に積極的に取り組んでいます。

 今回は、中国からの留学生で、システムデザイン研究科情報通信システム工学専修修士2年、呉 斌(ご ひん)さんにお話をお伺いしました。呉さんは、大学1年生のときから首都大学東京で学んでいます。今年の4月からは、日本の企業に就職することが決まっています。
Interview 中国からの留学生 呉さん
呉 斌(ご ひん)さん
呉 斌(ご ひん)さん
—東京で勉強しようと考えた理由は何ですか?首都大学東京へはどのような経緯で入学されたのですか?
 日本に親戚がいたので、高校3年生のとき留学を決意しました。日本の技術レベルが非常に高く、世界でもトップレベルの大手企業が多いことがその理由です。中でも東京は経済発展が著しく大学が多数あるので、東京で勉強したいと思いました。

 高校3年履修後、日本に留学しました。はじめの1年は日本語学校に通い、首都大学東京に合格することができました。
 
—現在のゼミではどのような研究をしていますか?
 携帯端末、防犯カメラ、デジタルビデオなどに活用される、DSP(デジタル信号処理機)について研究しています。より精度の高い映像の拡大、拡張、分析を行える処理機の開発に取り組んでいます。具体的には、1つのDSPを複数つなげて、消費電力が少なく、解像度などの性能が高い処理機の研究をしています。
ゼミ発表を終えて
ゼミ発表を終えて

—日本企業への就職が決まったとのことですが、就職活動はいかがでしたか。
 留学当初から日本で働きたいという目標を持っていたので、初志貫徹ができました。研究内容を活かせる企業を8社ほど選び、大手企業だけでなく、中小企業も訪問しました。

 第一希望の会社へ就職が決まったときは非常に嬉しかったです。エントリーシートへの記載や面接における意思疎通には、困難を伴う部分もありましたが、何度も面接の練習をしたり大学の就職課を活用するなどしました。企業は、留学生であるかどうかではなく、その人材が企業にとって必要か否かを見ています。そういった意味で、留学生であることの壁は感じませんでした。

—将来の夢は?
 第一志望の企業に就職することができたので、将来にわたり、決定した就職先で切磋琢磨して働きたいと思います。留学したからには、という使命感や親の理解もあり、現在のところ、母国へ戻る予定はありません。

—首都大学東京への留学生またはこれから日本での留学を考えている方へのメッセージは?
 日本での生活のためには、言語の勉強が最も大切です。さらには、日本の生活や文化、歴史などを理解することが大切だと思います。

 私の場合は、コンビニでのバイトもよい経験になったと思います。最初の頃は、接客がままならず、敬語の使用方法や礼儀作法で店長に怒られることもありましたが、中国にはない、日本流のサービスを、身をもって学ぶことができたことは、私にとって貴重な財産になりました。

 ぜひ、首都大学東京へ来て様々な経験を重ね、視野を広げてほしいと思います。
仲間とスポーツ観戦
仲間とスポーツ観戦
世界に拡がる「ものづくり」のDNA(1/2)〜性別、年齢、国籍関係無し!
 今回紹介する株式会社南武は、中小企業が集積する東京都大田区に本社があり、自動車エンジン等の鋳造に用いられる金型用油圧シリンダーで国内シェアの6割、製鉄所で用いられる鋼板巻き取り機のロータリーシリンダーで国内シェアの7割を占めるなど、各分野で知らぬ人がいないほどの有名メーカーです。

 いち早く世界にも目を向け、北米やタイに現地工場を展開しています。特にタイでは、2002年に現地工場を建設して以来、現地で雇用した人々を優秀な技術者に育成し、今では部品製造にとどまらず、シリンダー製品自体を現地工場だけで製造できるまでになっています。そこで、南武が長年に渡り培ってきた技術を、タイの従業員にどのように伝えたのかについて興味を持ち、取材に伺うことにしました。
後姿ですが、若い女性も現場の第一線でかんばっています!
後姿ですが、若い女性も
現場の第一線でかんばっています!

 最初に応接室で、中田清嗣常務にお話を伺いました。応接室に案内されると、まず目に入ったのが壁に掲げられたおびただしい特許の数でした。
「お客さんからの要望を聞き、営業の情報をもとに設計を中心に製品をつくっているうちに、特許に結びついたという感じ。一人ひとりの従業員が創意工夫してものづくりに取り組んだ結果です。」

これだけの技術、身につけるまでは大変なのでは。
「汎用旋盤を一通りマスターするには、最低でも3、4年が必要。奥が深いので、15年以上たっても学ぶことは多いのです。」やはり、一人前になるまでは大変だ…

設計の大ベテラン柳下さんです(この道55年!)
設計の大ベテラン柳下さんです
(この道55年!)。
「それでも、最近は若い女性が多く入ってきているのですよ。この仕事は技術を一度覚えてしまえば、結婚、出産した後も、本人が望めば働き続けることができるのです。
また、うちには70歳以上の従業員が、設計と製造の現場で3名働いています。50年以上のキャリアで培われた技は簡単に真似できるものではありません。」と常務は語りました。

 若い女性から大ベテランの方まで、一緒になって同じ職場で技を磨く。南武の社風の一端に触れた気がしました。

 さて、肝心のグローバル化の話に移ります。南武がタイに事業展開している話については、事前に調べてきましたが、国内工場でも、2名の中国出身の従業員を雇用している話をはじめて聞かされました。
 「中国から来た2名のうち、一人はすでに10数年ほど勤めており、設計課長の職についています。もう一人は学校の先生を辞めて入社してきました。二人とも非常にしっかりした人物です。」

 さらに、「うちは日本人従業員と外国人従業員を一切区別していません。給与体系もすべて同じです。」と常務は付け加えました。
 海外からの来訪者も絶えることがありません。それこそ世界中から南武の技術を学ぼうとする人たちが訪れています。中には、南武の製品(50kg以上の重さ!)を購入し、両手で抱えて帰る人もいるそうです。

 このように、世界中から注目される技術をもつ南武が、タイに工場をつくり、当初は日本人との気質の違いに戸惑いながらも、今や「南武の優等生」と呼ばれるまでになった話は次号でお伝えします。